✅「Go To トラベル」は観光需要の喚起には貢献したが、一方で国民の二重価格永続化への期待を高め、デフレを長期化させる副作用を内在する劇薬的な景気浮揚策にもなった。
✅デフレ化回避の処方策は、国民が「観光は正価でも高くない」と思えるだけの家計に余裕を持つことだ。そのために企業は、高付加価値創造経営に取り組み、被雇用者に多くの利益を分配することで実質世帯所得を増やすことが求められる。
✅Go To トラベルは富裕層よりも中間所得者層(庶民)のニーズの充足を図る事業。デフレ化回避のカギも、この多くの中間所得層の実質収入や実質家計所得を増やすことが基点となる。
株式会社小野田コミュニケーションデザイン事務所の小野田孝です。
私は経済学者や評論家ではありません。1983年より(株)リクルートという類いまれな変革気質に富んだ壮大なビジネススクール型企業に21年間在籍し、その経験を基盤に2005年に独立。以来15年間、顧客企業の組織と働く人の変革を通じた事業支援を続けている、現場たたき上げの「かかりつけ医型コンサルタント」です。
今回は番外編として、「Go To トラベル」が日本の経済にもたらすものを考察します。
●「観光振興」の目的は達成
ご存じの通り、Go To トラベルは、観光需要を喚起し、新型コロナウイルス感染症の流行により打撃を受けた経済を再興させる手段の一つとして、政府が実施している景気浮揚策です。7月下旬に開始され、その後10月には首都東京を巻き込み全国に展開されました。なお、2020年12月28日現在では、新型コロナ陽性者の増加により、12月28日から1月11日までの間は一時停止されることとなっています。
Go Toトラベル事業は当初、予算がなくなるまで継続されるとのことでした。また、先日閣議決定された2020年度第三次補正予算案にも来年6月までのGo To トラベル事業の予算が盛り込まれたことから、新型コロナの感染状況が落ち着けば再開される可能性が高いと思います。
ところで私も、このGo Toトラベルを、大手の旅行サイトを経由して数回利用しました。地元のホテルに本を数冊持ちこみ連泊しました。仕事の企画をまとめるのに、普段は高くて遠慮するホテルにも連泊しました。更には少し遠出をして軽井沢の名門ホテルにも1泊しました。驚くことに、いずれのホテルも普段旅行サイトで提示している価格よりも約3割も安かったのです。さらに驚くことに、チェックイン時に地域で使えるクーポン券を頂きました。このクーポンを使うことで滞在中の食事は全て無料で済ませました。
Go To トラベル事業と感染症拡大の関係が指摘されるなか、医療従事者はじめ感染防止に取り組む方々の状況を考えれば、体験した印象の表現が誠に難しいのですが、Go To トラベルは「安く宿泊や旅行ができるありがたいキャンペーン」であることが私の所感です。多くの人がこのキャンペーンを利用して旅行し、宿泊施設も周辺の関連施設もにぎわいを取り戻している様は、この事業の目的である「観光需要の喚起」の成功を印象付けました。
●税金という「踏み台」
しかし、この事業の仕組みを冷静に考えると、強い懸念が浮かびます。
このGo Toトラベル事業を通すと、旅行関連業界は正価を受け取ります。一方利用客は、正価から大幅に値引きされた宿泊代・商品代を支払います。つまりGoToトラベル事業は売値と買値に差がある二重価格で運用されています。その差額を補填しているのが政府(税金)です。宿泊客が戻ってきたのは、正規の価格でのビジネスが復活したわけではないのです。Go To トラベル事業は、自力では跳ばない跳び箱の前に、税金という「踏み台」を置いたので跳んだようなものです=下図。

このGo Toトラベル事業は、続ければ続けるほど旅行関連業界側にも利用する消費者側にも、既成事実の容認圧力が強まります。つまり二重価格の永続期待です。これが今回の景気浮揚策が持つもう一つの顔です。この政府肝いりの事業は、経済を浮揚する効果を担保する一方で、副作用が大きい劇薬なのです。副作用とは、つまり二重価格の恒常化です。この劇薬を知ってしまった業界と利用者(国民)が、キャンペーン終了後に二重価格の永続期待から解放されるための選択肢は以下の3つです。
1.利用者は「Go To トラベルは短期的なご褒美だった」と考え、「正価であれば行かない」と観光ニーズの矛を収める。
2.旅行関連業界がGoTo事業相当額の値引きを自力でし続けることで、利用者は引き続き安価に観光を続ける。
3.政府が税金を投入し続け二重価格を永遠に維持する。
Go To トラベルという劇薬の処方策は上記から敢えて選ぶとすれば「2」でしょう。しかしこの選択は業界を更に弱体化させ、経済全般のデフレ化を助長する可能性があります。
●デフレ回避のために必要な処方箋は
それでは、今回の事業が後遺症を残さないようにするにはどうしたらよいのでしょうか。
それは、二重価格が解消されて旅行関連商品の正価を求められた利用者が、「旅行代金は高いと思わない状態」にするしかありません。つまり、インフレ率を加味した上でなお、働く人の「実質賃金」更には「実質世帯所得」を上げていくことしかないのです。
そのためには「一億総活躍」「同一労働同一賃金<但し正規雇用者側の賃金に合わせる>」と「働き方改革」の最適な組み合わせの徹底により家計に余裕を生じさせ、日常生活において金銭的な余裕を感じる世帯を増やしていくこと、に尽きます。
この状況を実現するために、企業は雇用を維持あるいは増やし、雇用者に多くの給料を払うことを目指さねばなりません。この労働分配の原資となるのが、「企業が社会へ提供する高付加価値」です。
企業が営業収益や営業利益を高めるには、高い付加価値のある商品やサービスを社会に提供することが必須です。こうした高付加価値経営が実現できる企業には、「自身の能力を、積極的に社会に提供する価値に転換できる変革人材」が多数在籍します。(高付加価値経営と変革人材については、1~4回目のジャーナルをぜひご覧ください)。つまり、Go To トラベル事業が引き起こす可能性のあるデフレスパイラルを回避するためには、企業は高付加価値経営を目指し、被雇用者は、自身が変革人材として事業に貢献することが必須なのです。そしてこのことは、Go toトラベル事業のみならず、縮小し衰退する日本経済そのものを反転させるための処方でもあります。
●国家財政への過度な依存を避けるために
コロナ禍の失業や貧困への対応策として「ベーシックインカム(BI)」が注目されていますが、Go To トラベル事業は、ともすると、このベーシックインカムのような所得保障、あるいはヘリコプターマネー(ヘリマネ)のような金融政策と同類になる可能性があります。国民が「GoTo美容室事業をやってください」「GoTo学習塾事業をやってください」「GoToブライダル事業をやってください」等のリクエストを政府に求めるようになると、社会福祉を極大化する「大きな政府」となっていきます。しかし今の日本政府にその体力はありません。
日本は今、「中ぐらいの大きさ」の政府です。しかし、国の財政負担は拡大する一方。12月15日に閣議決定された2020年度第3次補正予算案では、新型コロナ対策などを盛り込んだ結果、一時的とはいえ2020年度の一般会計総額が175兆6878億円と前年度の1.7倍になりました=下図。
一方、歳入が当初見通しから減収するため、新規国債の追加発行が必要となり、2020年度の新規国債発総額は112兆5539億円と、初めて100兆円を超えました。これはリーマンショックが起きた2009年度の約52兆円の2倍以上です。
このような余裕のない状態でのBIやヘリマネ政策の導入、あるいはGo To トラベル事業の定着は、財政の不健全化を促進します。また全ての国民が日常生活の安定を過度に財政に期待することは、一人ひとりの勤労意欲が欠如するモラルハザードの温床にもなります。

結論をいえば、Go To トラベルという劇薬を使った以上、日本経済にとってデフレ回避がますます重要な課題になります。解決策は、企業が高付加価値経営を実現して多くの被雇用者に利益を分配することで実質世帯所得を増やし、インフレを前提にしたうえで「欲しいモノが高いと思わない」という家計の自信のもと、消費を促すというサイクルを作らなくてはなりません。
テレビ番組で、70代の大阪のバス会社の社長さんがGo To トラベルについて、「Go To トラベルは、中間所得者層の懐を温めるキャンペーンなんだ」と言っていました。「富裕層には関係ない。Go Toを利用するのは庶民なんだ」とも。Go Toトラベル事業が、庶民の懐を温めるキャンペーンであるという社長さんの指摘に賛成です。そうであればGo To後のデフレ回避のカギも、中間所得者層である庶民の懐を実質収入増で温めることだ、といえます。
今回のジャーナルでは、番外編として「Go To トラベル事業の先に待つもの」についてご一緒に考えてまいりました。コロナ禍には収束の気配も見えませんが、この苦境においても皆さんが、未来のあるべき姿をしっかりと描き、企業で、社会で、高付加価値の創造に取り組むことを願っています。
※「オノコミ・ジャーナル~衰退局面の日本を反転させる処方箋」は、毎月12日、28日に更新します。
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