• 小野田 孝

世事雑感/東京五輪が浮き彫りにした日本の「幻想とリアル」(下)


 みなさん、こんにちは。

 前回、東京オリンピック・パラリンピックの開催を機に、世界から日本がどのように見えたのかを考察しました。世界に配信された五輪報道を通して、世界や日本人自身が長い間描いてきた「経済的に豊かで人々の道徳心が高い国、ニッポン」が幻想であることが明確になり、日本はすでに様々な側面で「元先進国」である、と書きました。


 ところで今回のジャーナルでは、一転して日本に対する「称賛」を拾い上げます。幻想と現実のコントラストが明らかになった日本が、これからどのような道を歩んで世界での「リポジショニング」をしていくのか、をご一緒に考えていきましょう。


■日本の「後天的」な特徴


 前回まで、私は日本が抱える非常に困難な課題について取り上げてきました。今回のジャーナルでは、逆に、私たちが今持っているポジティブな力について考えてみます。まず、商品作りやサービスの特徴、社会の仕組みなどの後天的な特徴を見てみましょう。


〇 外国人が見た日本のコンビニ


 8月1日付の米国ニューヨークタイムズ紙の一面にこんな見出しの記事が掲載されたそうです。「コンビニの砂肝が私を救った」。筆者は東京五輪の取材に訪れていた米国人記者です。新型コロナによる感染拡大で厳しく行動が制限される中、グルメの街・東京に居ながら食事を楽しめないことを嘆いた記者は「コンビニ」と出会い、コンビニ食の質の高さを素直に絶賛するのでした。こうした「コンビニ礼賛」はほかの海外メディアや選手たちからも聞かれました。

コンビニエンスストア(イメージ写真)


 米国で生まれたコンビニエンスストアが、日本で独自の進化を遂げたのはご存じのとおりです。コンビニは、外国人記者たちを驚かせた「中食(なかしょく=惣菜や弁当など、外食と家飯の間という意味)」の質を高め、日本人の食生活においてその地位を確立しました。また営業時間を深夜まで、あるいは24時間としたこと。食品だけでなく、衣料や化粧品、文具、新聞・雑誌など幅広くそろえたこと。販売だけでなく、公共料金の支払いや銀行のATM、郵便の役割まで担うようになったことなど、営業時間を長くすることから始まり、商品・サービスのラインナップの豊富さと質の高さが、「便利」というキーワードでひたすら研究され、試され、定着するという成長を遂げたのです。利用者の利便性を追求するというコンセプトが、自然に日本人の「価値提供マインド」に合致して発展した代表例、といえます。

 昨今、働き方改革が叫ばれる中で営業時間が問題視されたり、営業をめぐって本部とフランチャイジーが対立したり、さまざまな課題が浮上していますが、それでもコンビニは日本で独自の発展を遂げた、揺るぎなき日本の一大サービス産業です。


〇日本の治安


 コンビニとは別の側面ですが、よく話題にされる日本の治安について考えてみましょう。私には海外で暮らす多くの友人がいますが、その居場所がG7諸国だろうと新興国だろうと、口をそろえて皆が言うのは「日本は治安が良い」ということです。私も実際に様々な国を訪れ、同じことを思います。


 これは数値を見ても明らかです。国連の統計によると、人口10万人当たりの殺人事件数は、日本は0.3です。シンガポールが0.2と低いのですが、そのほか韓国0.6、中国0.5(香港は0.7)、イギリスとフランスはともに1.2、カナダ1.8。米国にいたっては5.0、ロシアは8.2と高い数値です。

人口10万人当たりの殺人事件数(2018年、国連薬物犯罪事務所の統計より)


 読者の皆さんの中には、「それでも最近日本の治安は悪くなった」と思われる方も多いと思います。確かに意図不明な無差別殺人であったり、社会的弱者を狙った卑劣な犯罪であったり、犯罪の質が変化してきたということは事実かもしれません。けれど実際に海外の街を歩く時、日本ほど無防備に歩ける街はないと私は思います。前回のジャーナルで指摘した社会の深層や国家としての揺らぎとは別の視点から日本を見ると、そこには世界でも得難い日常の安心感があるのは事実です。コンビニがいつも開いていて、働きさえすれば給料が約束した日に振り込まれ、ライフラインが突然途切れることのない日常。この事実を私たちは得難い社会システムだと捉えることができると思います。


■日本の「先天的」な特徴


 一方で、地形や地政的条件など先天的な特徴、文化や伝統などを見てみましょう。


〇飲める湧き水、飲める水道水


 「日本をリポジショニングする④」でも取り上げましたが、日本はほぼ全国で水道水をそのまま飲むことができます。このことは今回の新型コロナ感染症対策で、「うがいをする」「手を洗う」などの衛生管理においても、重要なカギとなりました。


 日本に住む者にとっては、「外出先から帰ったら蛇口をひねり水を出し、コップに入れてうがいをする」という当たり前の行為が、他国で同じことを同じ質で行おうとすれば「外出先から帰ったら、有料のミネラルウォーターのボトルを使ってうがいをする」という手間と費用のかかる行為となり、結果的に感染症予防においての差を生むことにも繋がります。また、少し山の奥に入れば湧き水が飲め、花崗岩が多く起伏の激しい山河を経た水は軟水になるため、胃腸にやさしいなど多くの日本人の体質に適しています。


〇南で海水浴、北でスキー


 北緯20度から45度に伸びる日本列島は、温帯を基本に冷帯から亜熱帯にわたる気候帯を有し、3月には沖縄で海開きをしている一方で、北海道ではスキーを楽しむことができます。海と山を領土に持ち、かつ25度の緯度差があるからこその持ち味です。温帯気候が生み出す年間の気温変化は、季節に色を持たせ、食事や衣服などの生活を多様にし、独自の文化と安定した内需を作り上げています。ここ数年のインバウンド需要の多くは、外国人観光客が、それぞれの祖国では見られない自然の多様性を求めていることが背景にあります。

 また、地球を覆う10枚の岩盤(プレート)のうちの4枚(北米プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレート、太平洋プレート)が集まる日本列島は、岩盤の歪みによる大震災という危険を宿命としていることは言わずもがなですが、一方で火山性温泉が全国にわたって存在するという特徴も備えています。このことも、日本を訪れる人たちが観光の目的とするところです。

沖縄の海


〇宗教への寛容さ


 我が国では、国内を二分するような宗教対立がなく、宗教に対して寛容です。宗派の違いが冠婚葬祭や日常生活の基になることはあっても、内戦に至るまでの対立の根拠になることはないのです。更に、憲法下では、権利行使の差別、人種による差別もありません。早くから日本を知り日本で生活している外国籍の人が、日本に帰化したり日本贔屓になったりする理由の一つは、この宗教や人種による差別が法的にないことです。


〇尊敬語や謙譲語


 日本語は世界で最も習得が難しい言語のひとつ、と言われます。理由の一つに「敬語」があります。相手を敬う際に「丁寧語」「尊敬語」「謙譲語」を使い分ける言語は、ほかにあまりない、と言われます。「言語」はすなわち文化であり、原点は美学や哲学です。昨今は「まじ」ですべての会話が成立する時代になりつつありますが、元来日本人の持つ美意識の根本は相手を「敬い畏れる」ことにあるのです。そのことが「おもてなし」に表れ、丁寧さの背骨にもなっています。


 軍事的な紛争下にある国の国民に限らず、企業業績や学力の競争に疲れた国の国民が日本に癒しを感じるのは、「相手を敬い、尊重する」という日本語の根本にある原理に触れるからだと思います。



■揺るぎない個性を礎に


 日本で暮らす私たちは今、どれほど日本のことを知っているでしょうか。日本には、前述のように世界に誇るべき気質や個性があるにもかかわらず、それらは他国で生きる人々に提供できる価値として自覚されることなく、ばらばらと点在し、磨かれることもなくやがて風化していきそうです。為政者と国民が同じ方向に貴重な価値の源泉を統合することなく、自信や存在意義を失いつつあります

 

 日本が「先進国」や「経済大国」ではなくなっても、そこに住む私たちが幸福に暮らし、また持続可能な人間社会のために貢献できる提供価値とは何か。今、私たちはそのことを考えなければならない段階にきています。

 

 そのためにはまず、自国を詳しく、正確に知ることが何よりも肝心だと信じます。


 これからの日本の最大の武器は、経済力でも領土の広さでも人口の多さでもなく、前述のように先天的あるいは後天的に積み重ねてきた「個性」です。日本に限らずそれぞれの国は、自らの中に他とは違う「揺るぎない個性」をもつことで、独立性と自立性を担保します。そうした国々が国際社会として寄り集まったとき、人間社会は真の意味で豊かさを実感していくのだ、と考えます。


 残念ながら現在の日本は、為政者と国民が互いを全く信頼できない状態に陥ってしまいました。新型コロナと東京五輪大会により、くっきりと浮かび上がった相互不信社会です。特に今の日本の為政者には、国民を信じ、その声を聞きながら、日本を世界の中でリポジショニングする、という強い信念と指導力が圧倒的に不足しています。為政者の能力の限界。このままでは近い将来、日本は世界で漂流します


 為政者と国民が、一つのコンセプトのもとに力を集中させた時、この国に新たな個性と世界に発信すべきメッセージが生まれます。

 

 あなたは日本を世界にどのように紹介しますか?

<筆者プロフィル>

小野田孝 ONODA TAKASHI

1959年横浜市生まれ。横浜国立大学経営学部卒。1983年株式会社リクルート(現リクルートホールディングス)入社。HRM領域やダイレクトマーケティング領域に関する民間企業の課題解決支援を担う。2005年に独立、現在は株式会社小野田コミュニケーションデザイン事務所 代表取締役。企業の事業価値向上を支える変革組織と変革人材に関するコンサルティングサービスを提供している。

※「オノコミ・ジャーナル~衰退局面の日本を反転させる処方箋」は、9月は休刊させていただきます。10月より新シリーズで再開します。お楽しみに。



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