• 小野田 孝

番外編 緊急事態宣言下で考える~ニューノーマルが求める国家と国民の協業

✅日本は現在、為政者の覚悟と叡智をもっても解決できない国家課題を抱えている。代表的なものは「人口減少」「財政赤字」「安全保障の揺らぎ(感染症対策はこの領域の一つ)」である。


✅この状況を打開するには、為政者は国民の協力を仰ぎ、協業を以てことにあたることが肝心であり、そのためには課題の背景を速やかにかつ正確に国民に開示し、共通の理解を得

ることが第一歩となる。


✅コロナ後の「真のニューノーマル」とは、国民一人ひとりが「自身の生命と財産を守る」ために、為政に過度な期待と希望を持たず、為政との適切な距離や協業を図りながら、なんとか生ききろうとする人生観の変質のことである。その成就には、三世代、約75年の時間がかかる。


 株式会社小野田コミュニケーションデザイン事務所の小野田孝です。

 私は経済学者や評論家ではありません。1983年より(株)リクルートという類いまれな変革気質に富んだ壮大なビジネススクール型企業に21年間在籍し、その経験を基盤に2005年に独立。以来15年間、顧客企業の組織と働く人の変革を通じた事業支援を続けている、現場たたき上げの「かかりつけ医型コンサルタント」です。

 今回は、前回の番外編「Go To トラベルが日本の経済にもたらすもの」に続き、番外編その2として、「緊急事態宣言下で考える~ニューノーマルで生き切るための処方」と題してお届けします。


●為政者の「叡智」を超えた国家課題


 1月8日、政府は新型コロナウイルス感染症対策として、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県の1都3県を対象に、2月7日までを期間とする緊急事態宣言を出しました。目下の状況は、幾度の大規模災害に対する国家の対処の遅れと同様で、今回は医療機関がその任を果たすことが難しくなり、感染者は医療機関に身を置くことなく自宅で生涯を閉じる、という事態を生んでいます。1月12日時点で改善の兆しは見えません。

 ところで日本は現在、新型コロナ対策以外にも簡単には解決できないさまざまな深刻な課題を抱えています。

 日本国政府のミッションは「国民の生命と財産を守ること」であり、その政府の運営は国民から負託を受けた為政者を中心に行われます。「為政者」とは、ここでは閣僚や国会議員だけでなく、中央官庁の官僚や、広く解釈すれば、地方自治体の首長や議員も含みます。彼らの多くは、恐らくは人格的にも道徳的にも極めて優れており、国民や市民のために自身の生涯を捧げることを覚悟した人です。我々は、その為政者の崇高な志に感銘し、信頼して大切な生命と財産を託しているのです。

 しかし、その崇高な志をもって自身の生涯を国民の生命と財産を守ることに費やすことを覚悟した為政者をもってしても、解決できないほど深刻で長期的な課題を日本という国は抱えています。


 代表的な課題は以下の3つです。

1.人口減少

 わが国の人口はここ数年でも毎年50万人近く減少しています。約80年後の2100年には4,000万人から6,000万人まで縮む、との見通しなので、今年生まれた新生児は生涯、人口が増えることを経験せずに天寿を全うします。加えて、人口の約40%を65歳以上が占める高齢化が起きています。我が国のように、相当程度の大きさの経済規模と人口を持つ国家が急速に縮む様は近代史上では初めてのことです。我が国で現在望み得る最高の為政者の叡智を集めても、この課題解決は困難です。


2.財政赤字

 国の借金(国債や借入金など)は、2020年3月末時点で1,114兆円を超え、過去最大となっています。

 戦後、初めて赤字国債が発行されたのは1965年の佐藤栄作内閣、その後オイルショック後の1975年には、三木武夫内閣が2兆円の赤字国債を発行しました。当時の大平正芳蔵相は「万死に値する」と語るほどの覚悟を持って国債発行に踏み切ったといわれますが、現在では赤字国債の発行は常態化してしまいました。真水の歳入と真水の歳出が大きくアンバランスだからです。

 この状態については、「全く問題なし」という見解と、「大いに問題あり(せめて基礎的財政収支は合わせるべき)」との見解があり、正解は今の為政者が鬼籍に入った後に明らかになると思いますが、私は「入り金」と「出金」の不一致を、この先何十年も借金で埋め続けることは不健全だと考えています。


3.安全保障

 「国防・防衛」「食料」「エネルギー」「災害」の4分野においての安全保障が不安定です。東アジア地域での他国とのパワーバランスの揺らぎ。国内では十分に調達できず輸入に頼る食料確保。ここ数年、とみに激しさを増す自然災害への備えの脆弱さと復興プロセスの未熟さ。今まさに私たちが直面している感染症パンデミックも国家安全保障の領域です。これも為政者の能力をもってしても、国民の生命や財産を守ることができない、実力を超えてしまった課題であることは日々の様子が明らかにしています。

 

 つまり、これからの日本が直面する様々な深刻で長期的な国家課題は、広く国民から尊敬され負託を受けた最高の為政者たちの叡智を結集しても解決できないものなのです。きわめて残念。生命と財産の安全を託している一人の国民として誠に悔しい限りです。そこで為政者以外の我々一般の国民は、どのようにこの国家が抱える事態に向き合っていくべきなのかを考えていきたいと思います。


●課題の背景を正確に知り、国民と為政者が役割分担をする


 例えば急激な人口減少。たぶんそうなるのだとはわかる気がするが、それが自身の人生や生活にどのような障害を生むのかが実感しにくいものです。明日も明後日も今日と変わらず日は昇り日は沈み、住んでいる町の様子にあまり変化がないために。なれば政府はこのテーマで国民に向けて「授業」をすると良いのではないでしょうか。話者は、政府高官や官僚ではなく、プレゼンテーションに長けているタレントのほうが良いかもしれません。為政者が内容や効果に責任を持つという前提ですが。小学生にもわかるように未来を話し、具体的なシーンを駆使して国民向けに授業をするのです。知的好奇心が強い日本人の多くは、事態の深刻さに合点がいくことでしょう。



 プライマリーアンバランスが拡大する財政。赤字国債の発行額が年々増加していることはわかる気がするが、それが自身の人生や生活にどのような障害を生むのかは実感しにくいものです。これもやはり、明日も明後日も今日と変わらず日は昇り日は沈み、住んでいる町の様子にあまり変化がないため。

 ここで政府の授業が始まります。



 安全保障の不安定さもしかり。東アジアの安全保障が揺らいでいることや、食料やエネルギーの自給率が低いこと、また災害復興や感染症対策が我が国は極めて苦手であることはわかる気がするが、それが自身の人生や生活に降りかかってこないと実感しにくいのです。しかし、感染症を例にとっても確実にその影響を受けている国民の数は日々増え続け、国民の悲しみや困窮も深まっています。ならば政府は国民向けの授業で、「国民の生命と財産を守る」というミッションを永遂行し続けるにあたり、安全保障の観点で重大な課題を抱えていることを共有すると良いのではないでしょうか。

 こうして重要課題の背景を国民と為政者が共有することが、新しい国家と国民の役割分担への第一歩だと思うのです。

 

●真のニューノーマルの時代とは


 国家と国民の役割分担について、それぞれの視点からもう少し深めていきたいと思います。

 菅義偉首相は政策理念として「自助・共助・公助」を掲げました。国民からは即座に「真っ先に自助を求めることは政府の役割を放棄していることだ」という批判が出ましたが、首相の発言以前もこの言葉は、「自助・互助・共助・公助」という形で社会保障や災害対策の分野では広く使われています。また、米国のジョン・F・ケネディ大統領が1961年1月20日、大統領就任演説で語った言葉、”Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country.(国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何ができるのかを問うて欲しい)”は、国家と個人の関係を問う言葉として有名です。ちょうど60年前の今ごろ、43歳の青年大統領が「ともに国を作ろう」と語りかけた言葉と、コロナ禍で緊急就任したベテラン政治家である菅首相の言葉とを、同じ文脈で理解するべきだとは思いませんが、私はこの2者の言葉には、これからの時代を生き抜くための示唆があると思いました。

 それは、「国家と国民の協業」「為政の役割分担」です。

 新型コロナは私たちの生き方や考え方にさまざまな影響を与えています。この状態はアフター・コロナ、ウィズ・コロナの時代になっても常態化していくと考えられ、それを称して「ニューノーマル」と呼ぶようになりました。ニューノーマルとはもともと経済用語で、2000年代に世界的な経済危機など経済状況の構造的な変化が起きた後の状態を指して使われていました。コロナ禍においては、経済状況や経済政策に限らず、広くビジネスや暮らしの形、人間関係や社会習慣などについても指すようになっています。

 コロナ禍におけるニューノーマルは、狭義では、日常の働き方や人との付き合い方の変化、あるいは、郊外に移住してワークライフバランスを整えたり、組織に縛られずより自由に生活する方法を選んだり、という変化を指します。これらの変化はテレワークの普及など、すでに私たちの生活に根付いています。

 一方で、ニューノーマルの本質は広義でとらえるべきだと考えます。前述のように、日本は為政者の能力を超えた難題を抱えています。戦後75年間にわたり日本は経済を国家復興のエンジンの中心に置き、大雑把に言えば、企業が生産年齢人口(15歳以上65歳未満)の生活を守り、国家が年少人口(15歳以下)と老齢人口(65歳以上)の生活を守る、というバランスで安定を維持してきました。残念ながらその役割構造が崩れ、各層の国民の生活の安定が維持できなくなってしまったのです。格差の拡大といわれたり、世界における日本のプレゼンスの低下といわれたり、自信を無くした日本人などといわれる背景です。

 広義のニューノーマルとは、このような状況を踏まえ、為政と国民との関係を前述のように変質させ、企業と被雇用者との関係を、オノコミジャーナルで展開しているような、高付加価値創造と変革人材の組み合わせに収斂させていくことに繋がります。そのことは一方では、為政との協業を主体的に図ることが苦手な国民や、高付加価値創造に貢献することが苦手な被雇用者などにとっては、「生命と財産を守るセーフティネット」が不安定になることに通じます。事態は深刻です。

 しかし、この「ひとりひとりが自身で生ききる知識と能力と覚悟を持つ」ということが求められる時代が、真のニューノーマルの時代です。残酷です。国家とは何なんだ! と思います。しかし、我が国の課題は、それほど深刻で大きなものなのです。今朝も日が昇り夕には日が沈み、町の様子も、人手こそ少ないものの、急に橋が倒壊したり木が倒れたりはしませんから、なかなか実感が持てませんが、確実に課題は膨らんでいるのです。

 ところでニューノーマルの価値観を共有した社会では、生き方が変化します。学校を卒業して企業に入り、その報酬で生活を担保することが一般的なサイクルではなくなっていきます。組織に所属することが絶対ではなく、フリーランスや小さいチームで働くことや、場合によっては対価を得ずに自給自足で生ききることも選択肢となるでしょう。学校教育も、広くリベラルアーツ(文法・修辞学・論理学・算術・幾何学・天文学・音楽)に展開し、さらには「偏差値の高い高校や大学に入ること」よりも、安全保障や地球規模の環境保全など、生き抜く知恵と技術を習得することが重視されるようになります。山や川や海で食料をどう確保するか。命を守るためには何を知っていたらいいか。「死なないように生きる力」をつけることが、教育の目的となっていくのです

 国民が自力で生ききる力を持つニューノーマルの時代には、企業と被雇用者は、高付加価値を世界に向けて提供し、国民自身の生命と財産を守るための担保としての就業機会を広げていかねばなりません。国家のエンジンとして企業が果たす役割は極めて大きいのです

 また国家の役割は、自立した国民の様子に安心するのではなく、極めて建設的なビジョン(国の将来像)を国民に提示することが役割になります。「国が何をしてくれるかではなく、国に対して何ができるか」を考える国民にとって、国家が示す具体的なビジョンは、自分たちの行動の指針となります。そのために、国には幅広い国民に向けての正確な情報開示が求められ、透明性が高い政権運営が必要になるのです。情報や進捗が共有されることで、国民は課題をより「わがこと」としてとらえ、積極的に問題解決に向けた関与ができるようになります。為政者と国民が絶え間ない対話と深い信頼関係により結ばれ、高付加価値創造企業が恒常的に利益を生み出し高位の労働分配を続け、結果として財政を安定化させる状態が、ニューノーマルのゴールです。

 ところで、この真のニューノーマルの時代が定着するには、長い時間が必要です。これまでの考え方を大きく転換する必要があるからです。「為政者のために国民がいるのではなく、国民のために為政者がいる」という原則に戻らねばならないからです。

 わかりやすい例を言えば、どこかで大規模な災害が起きた時には、真っ先に為政者は復興政策を立案して実行し、為政者の家族や関係者はボランティアに駆け付つける。感染症で困窮し貧困にあえぐ患者には、為政者は速やかに対策を立案し実行し、為政者の家族や関係者は、食料や寝る場所を確保し提供する。このような慈愛に満ちた振舞いや心が国民を目覚めさせ為政を協業させるのです。

 家柄や最終学歴などに多くの優位性を持つ特権階級とし、周囲の羨望を受けている為政者にとっては、国民の困窮や混乱の現場に身を投じて具体的に施しをすることなどは現状ではなかなかできないことだと思います。しかし、衰退局面の課題満載な国家においてのニューノーマル時代の為政者像は、このようなものです。そしてこうした変化が実現するには、恐らくは3世代75年程度の時間がかかることでしょう。今を生きる多くの日本人は成果を見ることなく他界します。しかしどんなに小さな一歩でも、始めなくては永遠に変化は起きません。

 

 今回のジャーナルでは、番外編として国民と為政者の協業についてご一緒に考えてまいりました。100年単位の大きな変化の始まりの時、あなたの一歩はまず、何からでしょうか。一年の始まりでもあるこの月に、ぜひ考えてみてください。


※「オノコミ・ジャーナル~衰退局面の日本を反転させる処方箋」は、毎月12日、28日に更新します。



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