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  • 小野田 孝

日本をリポジショニングする ④


揺らぐ水の安全保障


 みなさん、こんにちは。

 今回は「日本をリポジショニングする」というテーマの4回目です。

 前回はSDGs(Sustainable Development Goals )「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中で「飢餓をゼロに」を採り上げて皆さんと一緒に考えていきました。

 今回は、「安全な水とトイレを世界中に」というアジェンダ6番のテーマをきっかけに、「水と私たち」について考えてみたいと思います。


 なお、「安全な水」に関しての考察を図る前に、水の災害により被災された多くの方々に謹んでお見舞いとお悔やみを申し上げたいと思います。


 

■世界の水事情

 

 国連の「SDGs報告2020」によれば、世界で約22億人(約3分の1)が水道のパイプで安全に管理された飲料水を利用できず、42億人(約6割)が安全に管理された衛生的なトイレを利用できずにいます。


 日本の状況を考えてみましょう。日本は水の豊かな国とされています。年間降水量が平均1,718ミリで、これはスイスやタイ、米国や中国よりも多く、世界平均の約2倍に当たるのだそうです。加えて、3000メートル級の山があり、幸運にも雨水を岩や土が浄化することで安全な水脈が確保され、飲料水を獲得できる国です。地域差はあるものの、私たちの多くは生まれた時から上質な生活用水があり、水道をひねると水が飲め、野菜が洗えて米が炊けるという恵まれた生活を繰り返してきました。また、多くの川が勾配の急な国土を横断して流れ、産業用あるいは家庭用に貯水する大規模なダムが集落の協力を得ながら各地に設置されていて、水量が効率よく制御され、国民の生命を脅かすような水不足は回避されつつあります。


 ところで我が国のように雨水を利用でき、水量の制御が可能で日常生活や経済活動にほぼ自由に水が使える国は、世界には驚くほど少ないのです。いろいろな説がありますが、「水道水が飲める」という基準でみると、アジアでは日本以外はアラブ首長国連邦(UAE)だけ。そのほかは、アイスランド、アイルランド、オーストリア、クロアチア、スウェーデン、スロベニア、ドイツ、フィンランド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、南アフリカ、モザンビークなど十数か国といわれています。


 これらの国々は、早くから水を「生命を維持する資源」と認識し、治水を重要な国策として取り組んできました。したがって「水」に関するインフラ技術が発達している国が多く、世界に貢献しています。国際協力機構(JICA)によると、中でも日本は水・衛生分野で政府開発援助(ODA)による協力実績が世界でも突出して上位にあり、国だけでなく地方自治体も、上下水道施設の建設、法制度の整備、人材育成など水にまつわる多くの貢献をしています。


 また、民間企業の先進的な技術を生かした援助も相次いでいます。たとえば農機メーカーの「クボタ」は、水環境ソリューションを通して地域の課題解決に取り組むことを掲げ、バングラデシュ、中東諸国、ミャンマー、中国などで活動してきました。「グローバルな衛生課題の解決」を掲げる「リクシル」は、開発途上国向けに少量の水で利用できる簡易トイレSATOを開発、世界25か国以上でソーシャルビジネスを展開しています。


■宮城県で起きていること


 こうして多くの日本人や日本企業が、水を「生命を維持する資源」と認識して真摯に国際貢献に取り組む一方、我々の足元では「水の安全保障問題」に変化が出てきています。最近の出来事から考察してみましょう。


 宮城県議会は7月5日、上下水道と工業用水の20年間の運営権を民間に売却する「みやぎ型管理運営方式」の関連議案を賛成多数で可決しました。上水道の民間委託は全国でも初めてのことです。朝日新聞によりますと、民間委託の対象となるのは、仙台市など25市町村の上水道や70社の工業用水など。水道関係の設備や施設などは宮城県が所有したまま、事業運営のみを民間企業に任せる「コンセッション方式」と呼ばれるもので、宮城県民の約8割の水道運営が民間に移るといいます。宮城県側は、「みやぎ型」の導入の主な目的は、水道事業のコスト減だとしています。河北新報などによれば、今回の民間委託を受注した企業グループは、契約20年間のコスト削減額を287億円と試算しました。これは宮城県が求めた「197億円以上」を大幅に上回り、村井嘉浩知事は「削減額は県民の利益として還元され、全国のモデル事業になる」と強調したといいます。


 水道事業の民間委託や民営化は、宮城県だけでなく、これまでも全国各地で議論されていました。後押ししたのは、水道事業の民営化を推進するという政府の方針に沿った2018年7月の改正水道法であり、その背景にあるのは、人口の高齢化による水道水需要の減少と、水道管の老朽化です。


 水道事業の民営化やコンセッション方式が注目され始めたのは2013年の第一次アベノミクスのころでしたが、現実的に急務とされたのは、2018年6月、大阪北部地震がきっかけだったといわれます。この時、設置してから50年以上たっている老朽管が破裂し、周囲の約26万人が大規模断水で影響を受けました。厚労省のデータによれば、全国の水道管の総延長に占める法定耐用年数(40年)を超えた延長の割合は14.8%(2016年度)。古い管路が年々増えているにもかかわらず、更新率は年々低下しており1%にも満たない状態です=下グラフ。厚労省は2036年までに更新が必要となる管路は、全体の23%にまでのぼると推測しています。つまり、このままでいけば間もなく、全国の水道管の4分の1は老朽化した設備となる、ということです。



「最近の水道行政の動向について」(2019年、厚生労働省医薬・生活衛生局水道課)より


 一方で、設備更新に必要な資金源である上水道事業の収入は減り続けています。厚労省によると、有収水量は2000年をピークに減少が続き、低位の推測によれば2065年にはピーク時の約6割にまで落ち込みます=下図。厚労省は、人口変動により給水人口が減ることや、節水機器の普及などによるものとしており、「水道事業の経営状況は厳しくなっている」と指摘します。

「最近の水道行政の動向について」(2019年、厚生労働省医薬・生活衛生局水道課)より



■世界で相次ぐ水道事業の再公営化


 これらの課題を解決する策として、水道事業の民営化あるいは一部を民間委託するコンセッション方式が浮上したわけですが、世界ではすでに多くの国で水道事業民営化が実施されました。しかし必ずしも成功例ばかりではなく、むしろ最近は「再公営化」する動きが目立っています


 例えば、パリ市水道は1985年、シラク元大統領がパリ市長だった時に水道事業を民営化しました。しかし、水道料金が引き上げられたうえに、委託先事業会社による利益の過少申告が明らかになるなど、経営が不透明で信頼を欠くとして、2010年には再公営化されました。イギリスに本拠を置く公共サービス国際研究所によると、2000年から2017年の間に水道事業を再公営化した事業体は、世界33か国に267事例もあります。最も多かったのはフランスで106事例、次いで米国61、スペイン27などとなっています。


 宮城県のコンセッション方式を受託する企業グループにも、世界で水道事業の民営化の中心にある「水メジャー」と呼ばれる有力外国企業が参加しています。県には、「利潤を追求する民間企業へ事業を丸投げする民営化ではないのか」という不安が、投げかけられています。これに対し宮城県は、完全民営化ではなく一部の業務委託であること、事業の最終責任は宮城県が持つこと、料金の改定については運営権者が収受する利用料金を契約水量や物価の変動等に限定して見直すなど、「自治体や住民に不利益にならないルールをあらかじめ定める」と、しています(みやぎ式管理運営方式「Q&A」)。


 「みやぎ型」がどのように機能するかは2022年4月からの運営を見守らなくてはなりませんが、水道事業の民営化あるいはコンセッション方式による業務委託には、「安全で安定し、しかも低価格なすべての人への水の供給」という水の安全保障を揺るがす要素が潜んでいるということも、世界の諸例から見える事実です。水の安全性の確保、水道料金の過剰な上昇抑制と経営の透明化など、水道事業に向けられる目はいっそう厳しくなるだろうと推測されます。

 

 上記の事例が日本政府や厚労省が推進していた民間委託の好例となれば、我が国における水資源の安全保障問題に対応する有効な施策となりますし、課題が見えてくれば将来に生かすことができます。何よりも必要なのは、透明性の高い情報公開と、国民目線に立った情報の伝達です。多様なメディアを駆使して、日本国民にとっての「水の未来」を考える材料を提供して欲しいと思います。我々はその素材をもって「みやぎ型」のモニタリングも含め、我が事として水資源の安全保障問題について議論するべきタイミングに来ているのではないでしょうか。


■日本でも起きる? 「水戦争」の脅威


 もう一つ、水の安全保障に関して憂慮すべき事態が起きています。

 その前に、アフリカのナイル川をめぐり起きている「水戦争」をご存じでしょうか。


 ナイル川上流である青ナイル川に、エチオピアが巨大な「大エチオピア・ルネサンス・ダム」を2011年から建設し、2021年の7月に2度目の貯水を始めました=地図参照。これに対し、下流のエジプトは河川の水量減少などを警戒し反発、対立を深めています。エジプトは必要な水の9割以上をナイル川に依存しています。水の供給だけでなく、ダムが本格稼働すれば、エジプトのアスワン・ハイダムの発電量が3割減少するとの推計もあります。一方、エチオピアの狙いは、国内外への電力供給ともいわれています。アフリカ連合や国連の仲介の試みもありましたが、両国の対立は解消せず、今年7月の日経新聞によると、「アフリカ北東部の緊張を高める火種になっている」といいます。



 このような水戦争が、日本国内でも起きる恐れがあります。

 

 日本国内で、山地や森林、農地などの不動産が外国資本に買収されているという現象があります。農林水産省は2019年5月に「外国資本による森林買収に関する調査の結果について」という報道発表をしています。それによると、2018年1月から12月までの1年間で30件の森林買収があり、そのうち13件が中国系資本です。また、2005年から2018年までの累計では162件、4,711ヘクタールが外資に買収されていることも明らかにしました。


 外国資本がどのような目的で日本の山林を所有するのかは不明ですが、環境保全や生態系保護を考慮しない開発が実施されれば、自然の循環機能や土地の保水機能が破壊され、水資源の確保ができなくなるだけでなく、大規模な水害を引き起こす可能性も高まります。


 こうした事態を未然に防ぐため、各自治体は水源や地下水を保護する条例を制定しています。水源林を買収しても地下水を利用したり、むやみに水源地を開発したりすることができない仕組みを作っています。これらの仕組みが日本の水資源を守るために機能し、将来にわたって水脈源の所有者である外国資本と、利用者である私たち日本人との間に「水戦争」が起きないようにするためにも、水資源を有する土地の外国資本への売却は法律によって管理することが必要と考えます。


 今回のジャーナルでは、「日本をリポジションする」というテーマに沿って、「水」を取り上げました。水は命を守る資源です。ゆえに安全でなくてはならないはずなのに、昨今の大規模自然災害においては、水の猛威が命を奪うことも多く起きています。我が国は言わずもがなの島国で、国土は水に囲まれており、また長い歴史を通じて、田畑を耕し水を引き、実った稲を糧に命をつないできました。国連加盟193カ国においても、極めて水との付き合いが深く長い国家であります。

 

 これからの日本は「水資源」との付き合い方についてしっかりとした見解をまとめ、先進国、途上国問わず、他国が自国民の命と安全を得るためのモデル国家として、様々な事例発信やノウハウ提供を続けていきたいものです。

 

 経済大国でも軍事大国でもない「水資源大国」としての世界貢献。皆さんはどのようにお考えになりますか?



<筆者プロフィル>

小野田孝 ONODA TAKASHI

1959年横浜市生まれ。横浜国立大学経営学部卒。1983年株式会社リクルート(現リクルートホールディングス)入社。HRM領域やダイレクトマーケティング領域に関する民間企業の課題解決支援を担う。2005年に独立、現在は株式会社小野田コミュニケーションデザイン事務所 代表取締役。企業の事業価値向上を支える変革組織と変革人材に関するコンサルティングサービスを提供している。

 

※「オノコミ・ジャーナル~衰退局面の日本を反転させる処方箋」は、毎月12日、28日に更新します。



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