• 小野田 孝

世事雑感/東京五輪が浮き彫りにした日本の「幻想とリアル」(上)


 みなさん、こんにちは。

 今回は「日本をリポジショニングする」というテーマではありますが、前回までのSDGs(Sustainable Development Goals )「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を少し離れて、開催中の東京オリンピック(五輪)・パラリンピックから見えたことを考えてみたいと思います。

 本文に入る前に、東京五輪で力の限りを尽くし、偉大な成果を上げられたアスリートの皆様に最大の敬意を表したいと思います。

 さて、7月23日に開会した東京五輪は、連日の華やかなメダルラッシュの中、8月8日に幕を下ろしました。そして24日からはパラリンピックが予定通り開催される見込みです(8月12日現在)。

 私を含む多くの日本人が、今回の東京五輪・パラリンピック開催期間を複雑な気持ちで過ごしています。世界を明るく照らしてきたはずのスポーツの祭典の開催意義について、これほどまでに世界の人々が多角的に考えたことがあるでしょうか。開催の賛否だけではありません。選手や関係者を迎えるに当たって起きた様々な出来事、改めて浮き彫りになった日本社会の人権意識や国際感覚、「世界情勢の縮図」と化した選手村や会場での亡命や逃走。そして、それらすべてを覆う新型コロナのパンデミック。これほどまでに多種多様な切り口(テーマ)を持つ五輪はかつてなかったと思います。


東京五輪・パラリンピックの選手村


 そして、この多様な出来事を通して、「日本の現実(リアル)」が見えました。東京五輪は、世界の人々と日本人自身に、「日本がいま、世界の中でどんな姿をさらしているのか」を見せつけたということです。国内外で伝えられるニュースをたどっていると思い知らされます。国際オリンピック委員会(IOC)の「貴族」の皆様はすでに北京に笑顔を向けていますが、我々が負った傷は深いです。

いくつかの例を挙げます。


■開催の賛否

 世論の多くが反対しているのに、なぜ五輪は開かれるのか。東京五輪を伝える海外のメディアはその点に着目しました。世界に配信されるAP通信の記事では、「IOCに極端に有利な契約により、日本政府は五輪を開催せざるを得ない状況になった。日本国民からの批判、大会スポンサーで全国紙第2位の朝日新聞が開催中止を主張し、米国は渡航中止の警告を発するも、損失を考えれば日本は開催せざるを得ない状態だった。また、面子を保つ必要もあった。公表されているだけで154憶ドルの経費、そのうち67億ドルは公費である、また、隣国中国は2022年冬季オリンピックを開催する。日本は失敗できない」と、伝えました。


■新型コロナ対策

 イギリス国営BBC放送は7月31日、「日本は新型ウイルスを抑え込めているのか」というタイトルの分析記事を掲載しました(BBC日本語版)。「東京五輪が開幕した東京と日本全国で、新型コロナウイルスの感染者が連日、記録的に増え続けている」という書き出しで、日本のワクチン接種開始が「大半の先進国よりも遅い」ことや接種率の低さ、使用するワクチンが「ファイザー製だけという時期が長く続いた」として承認の遅さを指摘。また、「日本では過去に他のワクチンの副反応が不安視された経緯があり、それが接種へのためらいにつながっている。15カ国を対象にした英インペリアル・コレッジ・ロンドンの研究では、新型ウイルスのワクチンへの信頼度は日本が最も低かった」と、指摘しています。これらは日本国内の報道などでも指摘されてきたことですが、日本のコロナ対策とは極めて対照的な行動をとってきた英国からの視点で論じています。



■輸送システムの混乱

 東京五輪では、選手村と競技会場をつなぐ選手・関係者向けの送迎バスが用意されました。8月1日付の読売新聞によれば、使用される送迎バスは1日最大約2200台にも上り、全国から運転手が集められました。専用の送迎バスを使用することで、選手村と競技会場を「バブル」にする目的もあります。ところがこの送迎システムを利用するためのアプリに不具合が生じ、ルート案内が途切れたり、誤っていたりしたため、到着地を間違う、時刻表通りに来ない、遅れるなどのトラブルが多発しました。同紙は、「IT技術を使った最先端の大会になるとうたわれていたのに、こんな状態とは思わなかった」というバス車両基地で働く男性の言葉を紹介しています。また、東京新聞によれば、国際競技連盟関係者は「ここ数大会でもまれに見るひどさ」と憤りました。



■「食」の問題

 日本のTBS「報道特集」が7月24日にスクープした約4000食の弁当廃棄問題。競技会場で用意したスタッフ向けの食料が消費期限前に廃棄されており、7月28日には東京五輪・パラリンピック大会組織委員会が事実を認めて謝罪しました。東京五輪は「持続可能な開発目標(SDGs)」に沿った大会運営を掲げていますが、食料調達においてはこの方針が維持されませんでした。

 また、選手村や会場で提供される食品についての問題提起もされました。五輪開催前、世界のトップアスリートや動物愛護団体から、選手たちに提供される豚肉や鶏卵の安全性について懸念が表明されましたフードライターの宮本さやかさんの記事によれば、一連のやり取りを通じて、畜産現場における持続可能性における日本と海外との認識の差が明らかになっています。


■差別や人権をめぐる意思表示

 今回の五輪では、選手たちが差別への抗議や人権擁護の意思を示すため、競技会場や表彰台でポーズをする行為が目立ったと報じられています。かつてこうした行為は、処罰の対象にすらなりました。1968年メキシコシティ五輪で米国代表の黒人選手が表彰台で黒人差別に抗議するために拳を突き上げ、その後、失格・メダル剥奪となった事件はよく知られています。今回、サッカー女子の日本代表チームは、英国戦やスウェーデン戦で片膝をついて人種差別への抗議を示しましたが、自らの政治的、宗教的あるいは社会的問題に対する意思を行動で示すことに多くの日本人は慣れていません。世界のメディアが注目する場で、勇気をもってメッセージを伝えた選手たちの姿は、日本人に自己表現の「グローバルスタンダード」を突き付けました


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人権意識や人道的な感覚が問われた、東京五輪・パラリンピック組織委員会前会長の発言、開会式の式典関係者の相次ぐ辞任と解任はもちろん、上記のような報道を通して、世界や日本人自身が長い間描いてきた「経済的に豊かで人々の道徳心が高い国、ニッポン」が幻想であることが明確になりました。日本は、G7の一員ではありますが、すでに様々な側面で「元先進国」であると思います。


 さて、幻想と現実のコントラストが明らかになった日本の、五輪・パラリンピックのその後を考えます。五輪開催とコロナ禍で顕在化した為政の無力が、日本が抱える様々な問題の解決を不可能にし、国民を深刻な事態へ向かわせる可能性を浮き彫りにしました。


 何回かジャーナルで取り上げていますが、大きな懸念は米中対立と台湾有事です。

 五輪開催中の8月6日、日米中韓や東南アジア諸国連合(ASEAN)、欧州連合(EU)など計27カ国・機構が参加するASEAN地域フォーラム(ARF)閣僚会議がオンライン形式で開かれました。この場で米国のブリケン国務長官は、中国によるチベット、香港、新疆ウイグル自治区での人権侵害に懸念を表明し、さらに南シナ海での挑発行為を停止するように求めました。また、共同通信によれば、「中国が最小限の核抑止力保持という長年の戦略を転換していると批判、急速に核戦力を増強していると深い懸念」を示しました。これに対し中国の王毅外相は、米国を名指ししなかったものの、「域外国の介入は南シナ海の平和と安定を損なう最大の脅威となっている」と、反論しました。


 一方で、欧米諸国による中国包囲網は着々と準備が始まっています。すでにイギリスは空母「クイーン・エリザベス」をインド太平洋地域に展開、日本の自衛隊、アメリカ、オーストラリア軍による共同訓練が実施され、沖縄周辺の空域で8月下旬には日米英3カ国の訓練が行われるといいます。また、ドイツ海軍のフリゲート艦「バイエルン」も8月2日にインド太平洋地域に向けて出発、来年2月までの間、オーストラリアや日本の海域などで共同訓練に臨むとのことです。ただ、ドイツは米国を中心とした中国包囲網に加わることには慎重で、中国・上海への寄港を中国側に打診しているそうです。


 ざわめく南シナ海は、今や世界の火薬庫になりつつあります。かつて火薬庫といえば中東でしたが、いまは東アジアへと移りました。その火薬庫の中心は、イスラエルから中国へ。G7の中で最も中国大陸に近く、米軍基地を国内全域に配置している日本は、ひとたび有事になれば、否応なく一気に緊張局面に巻き込まれます。かつて日本が第二次世界大戦で米国と戦わざるを得なかった理由の一つは、米国が日本への石油輸出を全面禁止したことといわれます。エネルギーの安定供給が絶たれた日本は、石油をアジア諸国に求めました。これが大東亜共栄圏構想の背景にあったとされています。


 米中対立がさらに深刻化し、米国の同盟国としての日本に中国から刃が向けられ、中国に進出している日系企業への経済制裁や不当な関税の扱いなどが起きた時、日本は中国にどのように対処するのでしょうか。そのような事態になる前に日本は、独立国として、自主性を維持し、隣国としての中国に、そして国際社会に、明確なアイデンティティをもって日本の立場や考え方をメッセージすることができるでしょうか。米国の傘のもとで、日米地位協定や日米合同委員会に影響されずに、自立的な意思を示すことはできるでしょうか。私は、出来ないと思います。


 そもそも日本は、「どうしたい」を明確に言えない国です。クーデターで民政化を逆行させたミャンマー国軍に対し、どう対処したいのか。中国の軍拡傾向と南シナ海への強引な展開に対してどう対処したいのか。新型コロナ対策についても、「国民の安心安全を最優先に全力で対処しています」と原稿を読んでいる足元で、毎日かけがえのない国民の生命が奪われています。この前代未聞の急激な感染拡大を止めるためにどう対処したいのか。ここでもやはり、「どうしたい」を明確に言えません。為政に主体、主人、責任の基幹が無いのです。


 この国の政策を描き、決定する官僚と政治家たちは、縮小しつつある日本が直面する困難な局面において未来図を描けず、無力です。このような状態で、考えたくはないですが、今後確実に我々を襲う首都圏直下型地震などの大規模災害、あるいは毎年起きる水害や災害において、官僚と政治家が国民の生命と財産を守るという使命を果たせるのか。無理です。今でも熊本には仮設住宅で暮らす人たちがいます。今でも福島では帰宅できない方々がたくさんいます。官僚と政治家に、日本国民の生命と財産を守ることができないということです。国家が抱える課題が複雑で難しすぎました。


 しかし、この為政の現実に絶望していても事態は変わりません。東京五輪で見せつけられた日本の「リアル」を、どのように塗り替えていけばいいのか。そのヒントは、私が先ほど使った「グローバルスタンダード」の本当の意味の理解と、すっかり失墜した官僚や政治家と、国民との間の信頼回復にあると考えます。


 少々長くなりましたので、逆転のシナリオは次回のジャーナルで考えてまいりましょう。

<筆者プロフィル>

小野田孝 ONODA TAKASHI

1959年横浜市生まれ。横浜国立大学経営学部卒。1983年株式会社リクルート(現リクルートホールディングス)入社。HRM領域やダイレクトマーケティング領域に関する民間企業の課題解決支援を担う。2005年に独立、現在は株式会社小野田コミュニケーションデザイン事務所 代表取締役。企業の事業価値向上を支える変革組織と変革人材に関するコンサルティングサービスを提供している。

※「オノコミ・ジャーナル~衰退局面の日本を反転させる処方箋」は、毎月12日、28日に更新します。



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