フードロスと食料問題、日本ができること
みなさん、こんにちは。
今回は「日本をリポジショニングする」というテーマの3回目です。
前回のジャーナルで私は、SDGs(Sustainable Development Goals )、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に盛り込まれた地球規模の政策課題の中に、衰退局面にある日本が世界におけるポジションを再設定するヒントがある、という考え方をお話ししました。
ところでこの「衰退局面」という言葉は、人口規模や経済力といった従来の基準で日本の変化を表現した言葉です。私の考え方は、これまでと同じ基準でこの局面を反転させるのではなく、これまでと全く違う基準で、リサイズする日本の「世界での新たな居場所を決めよう」というものです。
■私たちの「当たり前」が世界を変える?
第二次世界大戦で壊滅的に敗戦した小さな島国の日本が、わずか30年程度で世界有数の経済大国となった奇跡は、長い間、多くの途上国に勇気と希望を与える手本となってきました。1979年には日本の高度経済成長と、それを支えた日本的経営、日本人の特性に基づいた社会制度を評価した「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(エズラ・ヴォーゲル著)が発刊され、ベストセラーとなりました。しかし、その「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は2021年ではすでに過去になり、1986年から1991年までの6年間のバブル景気を最後に、日本は「失われた30年」を過ごしています。
しかし、日本という国の持つポテンシャルは、たった30年で底をつくものではありません。私は、日本や日本人の中には、綿々と受け継がれてきた価値観、倫理観、美学があり、それらを、人口規模や経済で測る国力とは全く別の基準として認知し、世界に価値を提供することで、SDGsに示されるようなグローバルイシューの解決に貢献できるのではないか、と考えています。
日本という国は、その時々で政治体制の変化や大きな戦争を経験してきましたが、2000年余りの間、独立した国としての有り様は大きく変容せずに存続してきた特異性を持ちます。その中で培われてきた考え方には、例えば勤勉さや慎ましさを善とする道徳観、武士社会においてもだけでなく学問を重視した知に対する尊敬の念などがあるのです。なぜこの国が存続してきたのか、自分たちのルーツを探っていくことで、いぶし銀のような長寿国家としてのノウハウを世界に提供できるのではないか、と思います。「持続可能」という視点が、人が生きる上でのあらゆる側面においての基準とされ、また絶対条件として定義される時代にこそ、私たち日本人が当たり前としてきた「観」が、世界における日本のリポジショニングを可能にするのではないか、と思うのです。
■食料自給率38%
それでは、SDGsの中でいくつかの項目を具体的に挙げながら、世界が今直面する問題と日本がリポジショニングするためにできることを考えてみましょう。
まず採り上げるのは2番の「飢餓をゼロに」です。国連によれば、世界で約8億2160万人が飢餓に苦しんでいます。これは実に世界の人口の9人に1人という割合だそうです。そして、飢餓に苦しむ人の75%が途上国の、さらに農村部などに暮らす貧しい人たちだ、とされています。
日本はどうでしょう。日本は「赤ちゃんの死亡率が低く、栄養状態が良い国の一つ」とされています。しかし、日本の食料自給率(カロリーベース)は、2020年で約38%。つまり食べ物の半分以上を海外からの輸入に依存しています。自給率を都道府県別で詳しく見てみると、下図のようになります(この図は2018年のデータです)。東京や大阪、神奈川といった大都市圏は自給率がほとんどない、という状態がお分かりいただけると思います。
また日本では「フードロス」も難題です。フードロスとは、食べ残しや食べることができるものを捨ててしまうことです。日本では年間643万トンの食べ物が廃棄されています。計算すると一人当たり一日142グラム。これは、「一人が毎日一杯のごはんを捨ててしまっている」状態だそうです。日本国中のすべての人が、一日一杯のごはんを手を付けないまま捨てている。そう考えるとフードロスの深刻さが身近に迫る気がします。そして大量に輸入して大量に捨てている実態がここから見えてきます。「国民すべてが一日一杯のごはんを捨てている量」のうち半分以上がわざわざ外国から輸入しているということになるからです。
次に、「食料輸入」についても考えてみましょう。日本の食料輸入は、3つの理由で早晩限界を迎えます。まずは、現在の日本への食料輸出国の多くが人口増加のフェーズに入り、輸出する余力がなくなる、ということです。次に、物流コストの高騰に伴い食料価格が不安定になることです。現在、物資輸送を担うタンカーは化石燃料を動力源としていますが、カーボンニュートラルの時代には、非化石燃料を使用することが求められます。すでに、水素燃料を使ったタンカーの製造が始まっています。しかし非化石燃料を動力源とするタンカーの使用はまだコストが高く、輸入食品の価格に跳ね返る可能性があります。最後は、日本の保有あるいは円から転換可能な外貨の減少です。海外から食料を買い付けることができる外貨を日本が十分に確保し続けられるか、がGDPの減少とともに懸念されます。
このように日本の食料輸入には、確実に訪れるであろうさまざまな課題が予測されます。
■食への感謝
対応策の一つは、当然ですが、自給率を上げることです。農作物の生産量を上げる努力はもちろん必要ですが、実は日本社会が迎える人口減と超高齢社会は、食料自給率を押し上げる可能性がある、とも考えられます。食料を必要とする総人数(胃袋の総数)が減り、さらに一人が必要とする食料の量(食べ盛りの青少年が減るため)が減る。その仮説下において、農業を国の重点強化産業と位置付け、生産性を高めながら生産量を上げ、同時にフードロスをなくす意識を広めれば、日本は自給率100%どころか、長期的には食料輸出国にもなる可能性があります。
フードロスについては、日本人の価値観から考えてみましょう。日本には古来より米に代表される農作物に敬意を抱き、大切にするという価値観があります。例えば今でも天皇陛下は新嘗祭でその年に収穫された米を神に捧げるという儀式を行っています。また、みなさんは祖父母から「ごはん粒を茶碗に残すことは農家の人に申し訳が立たない」と言われたことはありませんか。しかし、1970年代以降の高度成長下、日本には「お金を出せば美食を入手できる」という状態が生まれました。食への量と質の欲求に目覚め、一粒の米に感謝する精神は薄れていきました。もちろん、美食を追求する文化を批判する意図はありません。実は、飽くなき食欲を満たすことと、原材料とそれを生み出した生産者や自然の恵みに感謝する気持ちを両立させることは可能です。食欲の追求と感謝の心、そのバランスが崩れているために、フードロスが起きているのです。
■「国民に伝わる真の食料事情の広報」を
ここからは、我々日本人が、「低い食料自給率」と「多いフードロス」いう極端に矛盾する食料問題の課題に取り組むため、オノコミ・ジャーナル流に「政府・地方自治体」「民間(企業)」「民間(個人=生活者)」の3つの観点から、何ができるのかを考えてみましょう。
まず「政府・自治体」が取り組むことは、食料自給率の低さや、輸入に頼っている我が国の実態を分かりやすく国民に知らしめ、「いまそこにある危機」についての国民の理解を深めること、です。しかし、政府の広報はとかく硬いし、発信者である政府そのものがすでに国民の信頼を失っています。主力政党の幹部が「オールドボーイズクラブ」であり、特権階級に生まれ育ち、永久に特権階級は受け継がれていくとの大きな勘違いをしている集団であるがゆえに、国民からの敬意を得られなくなっています。
一方で私たちには、為政者とともに国家を持続し次の世代に日本を託していかねばなければならない、という役目があります。つまり、真に国民に寄り添える心ある為政者や官僚たちが、国民が信頼できるようなスピーカーをたてて、「国民に伝わる真の食料事情の広報」に取り組む必要があるのです。前述のように、日本人には本来、フードロスに嫌悪感を持つ価値観があります。その潜在的な意識が目覚めれば、一気にフードロス回避の動きが加速します。政府のメッセージはその着火剤です。
続いて民間(企業)のうち、第二次産業、第三次産業にあたる領域では何ができるでしょうか。民間企業において、「食」に関係するセクターは、第一次から第三次まできわめて広いすそ野を持ちます。生産者である農林水産業から、食品加工、流通、販売、外食産業などサービス業に至るまで、とても範囲が広いのです。健全な個々の企業では、すでに食料問題やフードロスに対応する取り組みが始まっています。例えば食品加工業者が規格外や不揃いの製品の有効利用を販売先である外食産業と一緒に開発したり、賞味期限のとらえ方についての啓発活動をしたりしています。
その工夫の仕方を見ていると、これまでジャーナルが提言してきた「変革人材」の存在を感じます。変革人材たちが腕によりをかけて新しい時代に即した事業戦略や商品開発にのぞむ。その結果、これらの企業の価値が高まっていく。SDGsへの取り組みにおいて変革人材が活躍し、高付加価値企業経営が可能になるのであれば、それは地球、社会、企業、個人のいずれにとっても前向きな仕事となります。
このような従来の在り方を変えていく変革人材の台頭による企業活動を後押しするのは「官の規制緩和」です。食品産業には国民の健康や利益を守るという目的で監督官庁によるさまざまな規制や認可制度が設けられています。1860年代の明治時代から160年にわたって培われてきた日本の官僚制度が、民間企業の変革人材たちの発想をしっかりと感知し、協業する動きを加速してほしいものです。
■日本食材ブームを
第一次産業に従事する皆さんには、農業を魅力的な産業にし、そのことを、次世代に向けてメッセージしてほしいと思います。高校生や大学生の就職先希望ランキングに、「社名」ではなく「農業」がランクインするようなブランディング活動をして欲しいです。最新技術を使った効率的で収益の出る農業の推進、流通や販売までを一体化した「六次化産業」の構築、その中で培った生産技術の海外移転、日本の農業が地球規模の産業になり、日本の食料が世界の食の安全や安心の担保になる。若い世代が積極的に農業に参加したくなるような、夢と希望あふれる産業にしていって欲しいのです。その結果、日本は食料輸出国となり、質の高い農業を通した日本のリブランディング、世界におけるリポジショニングが可能になるともいえます。「日本食ブーム」の次は「日本食材ブーム」です。
最後は、「個人=生活者」には何ができるか、です。政府から知らされるこの国の食料の実態を学習し、わがこととしてとらえること。輸入を通じた食の安全保障の担保には限界がくることを知り、家庭におけるフードロスを減らす取り組みをすること。自給率を高める機会に恵まれている場合には、家庭や地域菜園をやっていくことなどの工夫です。また、食品の加工や物流を理解する賢い消費者となり、色や形や傷にこだわらない商品の購買活動に慣れていくことも大切です。美食や食欲はそのままでもいいのですが、しかしカロリーの過剰摂取は高血圧や糖尿病などの生活習慣病を生み、医療費の増大に連関します。こう考えると食料問題は地球規模の課題であると同時に、人生100年時代の生活設計においても、個人的に解決に向けて取り組まなくてはならない重要課題として見えてきますね。
今回は、SDGsのうち、2番の「飢餓をゼロに」をテーマに食料について考えてみました。変革に向けて、みなさんの日常を変えるヒントはありましたでしょうか。次回以降も、SDGsに挙げられたグローバルイシューを手掛かりに、日本、そして日本人の国際社会におけるリポジショニングを考えていきたいと思います。
<筆者プロフィル>
小野田孝 ONODA TAKASHI
1959年横浜市生まれ。横浜国立大学経営学部卒。1983年株式会社リクルート(現リクルートホールディングス)入社。HRM領域やダイレクトマーケティング領域に関する民間企業の課題解決支援を担う。2005年に独立、現在は株式会社小野田コミュニケーションデザイン事務所 代表取締役。企業の事業価値向上を支える変革組織と変革人材に関するコンサルティングサービスを提供している。
※「オノコミ・ジャーナル~衰退局面の日本を反転させる処方箋」は、毎月12日、28日に更新します。
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